サプライチェーン脱炭素の壁:サプライヤー連携の課題と解決策

近年、企業の脱炭素経営において、自社だけでなくサプライチェーン全体での排出量削減が喫緊の課題となっています。特に「スコープ3」と呼ばれる間接排出量の削減は、多くの企業にとって避けて通れないテーマです。しかし、このスコープ3排出量の大部分を占めるサプライヤーとの協調は、一筋縄ではいかないのが現状ではないでしょうか。「サプライヤーとの連携が難しい」「情報共有が進まない」「目標達成への道筋が見えない」といった悩みを抱えている企業担当者の方も少なくないでしょう。
本記事では、サプライチェーン脱炭素の目標達成を阻むサプライヤー連携の壁に焦点を当て、その具体的な課題と、それらを乗り越えるための実践的なアプローチについて解説します。読者の皆様が、サプライヤーとの共創を通じて持続可能なサプライチェーンを構築するための一助となれば幸いです。
サプライヤーとの認識のズレ:なぜ脱炭素に取り組むのか?
サプライチェーン全体での脱炭素化を進める上で、まず直面するのが、親会社とサプライヤー、特に中小企業との間での認識のズレです。大企業が「脱炭素は経営の最重要課題」と認識しているのに対し、サプライヤー側は「日々の業務で手一杯」「脱炭素化のメリットが見えにくい」と感じているケースが少なくありません。この認識のギャップが、連携を阻む最初の壁となります。
多くのサプライヤー、特に中小企業では、脱炭素担当者がいない、または他の業務と兼任しているケースが多く、専門知識やリソースが不足しがちです。そのため、GHG(温室効果ガス)排出量の算定方法や削減目標の設定といった基本的な情報が十分に共有されていなかったり、そもそも脱炭素に取り組むことの重要性や、それが自社の事業にどのような影響を与えるのかが理解されていないことがあります。結果として、親会社からの要請に対して「やらされ感」が先行し、主体的な取り組みへと繋がりません。
データ収集と可視化の課題:多岐にわたる排出源の把握
スコープ3排出量の削減には、サプライチェーン全体でのGHG排出量を正確に把握し、可視化することが不可欠です。しかし、このデータ収集と可視化のプロセス自体が大きな課題となります。サプライヤーの数が増え、供給網が複雑になるほど、その難易度は飛躍的に高まります。
複数のサプライヤーから異なる形式のデータが提供されたり、そもそもデータが整備されていなかったりすることも珍しくありません。例えば、電力使用量や燃料消費量、廃棄物量など、排出量算定に必要な基本データが不足している、あるいは紙ベースで管理されているためデジタル化に手間がかかる、といった課題があります。また、GHGプロトコルに準拠した算定方法に関する知識の不足も、正確なデータ収集を阻害する要因となります。これにより、サプライチェーン全体の排出量「見える化」が進まず、どこから手をつけて良いか分からない、という状況に陥りがちです。
データ開示への心理的・実務的ハードル
サプライヤー側にとって、自社の事業活動に関する詳細なデータを親会社に開示することには、心理的・実務的なハードルが存在します。競合他社への情報漏洩リスクへの懸念や、データ収集・報告にかかる手間とコストが負担となるケースもあります。特に、中小企業では、データ管理体制が十分に整っていないことが多く、親会社からのデータ提出要請が大きな業務負荷となることも少なくありません。
このような状況では、提供されるデータの粒度が粗かったり、精度が低かったりする可能性があり、結果としてサプライチェーン全体のGHG排出量算定の信頼性を損ねることに繋がりかねません。正確なデータに基づいた削減目標の設定や対策の立案のためには、サプライヤーが安心してデータを開示できるような環境と、その手間を軽減する仕組みが不可欠です。
協調を阻む具体的な障壁:コスト、技術、そして信頼
サプライヤーとの認識のズレやデータ収集の困難さに加え、脱炭素目標達成に向けた「協調」を阻む具体的な障壁は多岐にわたります。これらは、単に情報共有を促すだけでは解決できない、より根深い問題を含んでいます。
脱炭素化への投資コストと技術的知見の不足
サプライヤーが脱炭素化に取り組む上で、最も大きな障壁の一つが、新たな設備投資や技術導入にかかるコストです。例えば、再生可能エネルギーへの切り替え、省エネ設備の導入、生産プロセスの改善など、GHG排出量削減には多額の費用が必要となる場合があります。特に中小企業にとっては、これらの投資が経営を圧迫するリスクとなり、積極的な取り組みを躊躇させる要因となります。
また、脱炭素技術に関する専門的な知見やノウハウの不足も深刻です。どのような技術を導入すれば効果的に排出量を削減できるのか、その効果をどのように測定するのか、といった情報が十分に得られないために、一歩を踏み出せないサプライヤーも多く存在します。親会社が持つ知見やネットワークをサプライヤーと共有し、具体的な支援策を講じることが重要になります。
情報共有の仕組みと信頼関係の構築
効果的なサプライチェーン脱炭素には、親会社とサプライヤー間での密な情報共有が不可欠です。しかし、多くの場合、この情報共有の仕組みが十分に整備されていません。個別のメールや電話でのやり取りでは、情報が散逸しやすく、進捗状況の把握も困難です。
さらに、企業間の信頼関係が十分に構築されていない場合、サプライヤーは自社の経営に関する情報を開示することに抵抗を感じるかもしれません。脱炭素に関する取り組みは、単なる取引関係を超えた長期的なパートナーシップを必要とします。互いの目標を理解し、共に課題を解決していくという意識がなければ、真の協調は生まれません。
サプライヤーとの共創で脱炭素目標達成へ:壁を越えるアプローチ
サプライチェーン脱炭素の目標達成は、もはや待ったなしの状況です。上記で述べた様々な課題を乗り越え、サプライヤーとの協調を深めるためには、戦略的かつ具体的なアプローチが求められます。
まず、サプライヤーへのメリット提示とインセンティブの導入です。単に「削減してほしい」と要請するだけでなく、脱炭素化がサプライヤー自身の企業価値向上や新たなビジネスチャンスに繋がることを具体的に示す必要があります。例えば、脱炭素に取り組むサプライヤーを優先的に評価する仕組みや、資金面での優遇措置、技術支援の提供などが考えられます。これにより、サプライヤーが主体的に脱炭素に取り組むモチベーションを高めることができます。
次に、共通のプラットフォームやツールの活用による情報共有の効率化です。GHG排出量データの収集、算定、可視化、報告までを一元的に管理できる共通のデジタルプラットフォームを導入することで、サプライヤー側の負担を軽減し、データの精度と信頼性を向上させることができます。これにより、親会社はサプライチェーン全体の排出状況をリアルタイムで把握し、効果的な削減策を講じることが可能になります。
そして、最も重要なのが、長期的なパートナーシップの構築と支援体制の強化です。脱炭素は一朝一夕で達成できるものではありません。親会社がサプライヤーに対して、技術的知見の提供、人材育成の支援、資金調達のサポートなど、具体的な支援を継続的に行うことで、信頼関係が深まり、共に課題を解決していく「共創」の関係が築かれます。定期的なコミュニケーションを通じて、進捗状況を確認し、課題を共有しながら改善策を講じていく姿勢が不可欠です。
まとめ
サプライチェーン脱炭素は、もはや企業の社会的責任にとどまらず、持続可能な企業成長のための重要な経営戦略となっています。多くの企業が直面するサプライヤーとの連携の壁は、認識のズレ、データ収集の困難さ、コストや技術的知見の不足など、多岐にわたります。しかし、これらの課題は、サプライヤーへのメリット提示、共通プラットフォームの活用、そして何よりも長期的なパートナーシップと支援体制の構築を通じて、乗り越えることが可能です。
サプライヤーとの「協調」なくして、サプライチェーン全体の脱炭素目標達成は望めません。本記事でご紹介したアプローチが、貴社のサプライチェーン脱炭素推進の一助となり、持続可能な社会の実現に貢献できることを願っています。
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