TCFD・ISSB対応は必須に?サプライチェーン脱炭素情報開示義務化の最新動向と経営影響

近年、企業を取り巻く環境は激変し、特に「脱炭素」への対応は喫緊の経営課題となっています。なかでも、TCFDやISSBといった国際的なフレームワークに基づく脱炭素情報開示の義務化は、多くの企業にとって避けて通れないテーマとなりつつあります。これは単に情報公開のルールが変わるだけでなく、サプライチェーン全体、ひいては企業価値そのものに大きな影響を及ぼす可能性があります。
「自社の対応はこれで良いのか」「サプライヤーに何を求めれば良いのか」といった疑問をお持ちの経営層や実務担当者の方も多いのではないでしょうか。本記事では、TCFD・ISSBの最新動向と、それが企業経営、特にサプライチェーン脱炭素の視点も踏まえながら、最新の動向と具体的な対策について解説します。読者の皆様が、この変化の波を乗りこなし、新たな競争優位性を確立するための一助となれば幸いです。
TCFDとISSBとは?脱炭素情報開示の国際的な潮流
まず、TCFDとISSBがどのような枠組みで、なぜ今注目されているのかを理解することが重要です。これらの国際的な動きは、企業の気候変動に関する情報開示の標準化と義務化を強力に推進しています。
TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:気候関連財務情報開示タスクフォース)は、G20の要請を受けて金融安定理事会(FSB)が設立した国際的な組織です。2017年に、企業が気候関連のリスクと機会に関する財務情報を開示するための提言を発表しました。この提言は、「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の4つの柱から構成されており、企業が気候変動への対応を経営戦略に組み込み、その情報を投資家や関係者に透明性高く開示することを求めています。日本でも、すでに多くの大企業がTCFD提言への賛同を表明し、情報開示を進めています。
次に、ISSB(International Sustainability Standards Board:国際サステナビリティ基準審議会)は、IFRS財団によって2021年に設立された組織で、TCFDの提言をベースに、より包括的でグローバルなサステナビリティ開示基準の策定を目指しています。2023年には、IFRS S1(サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項)とIFRS S2(気候関連開示)の2つの基準が公表され、2024年1月1日以降開始する事業年度から適用される見込みです。これは、気候変動に関する情報開示が、財務情報開示と同等の重要性を持つ国際的な会計基準となりつつあることを意味します。これにより、投資家は企業の気候変動への対応状況をより詳細に比較・評価できるようになります。
日本における情報開示義務化の動き
日本においても、これらの国際的な潮流を受けて、情報開示の義務化が急速に進んでいます。金融庁は、2023年3月期以降の有価証券報告書において、プライム市場上場企業を中心にサステナビリティ情報に関する記載を義務化しました。具体的には、TCFDまたは同等の国際的な枠組みに基づく開示が求められ、気候変動に関するリスクと機会、戦略、目標、指標などが対象となります。これは、単に一部の環境情報を公開するだけでなく、企業の経営戦略と一体となった脱炭素情報開示が求められる時代の到来を示しています。
義務化が加速する背景とサプライチェーンへの影響
なぜ今、これほどまでに脱炭素情報開示の義務化が加速しているのでしょうか。その背景には、国際社会全体の意識変化と、それが企業経営に与える具体的な影響があります。
最大の要因の一つは、世界のESG投資の拡大です。投資家は、企業の財務情報だけでなく、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)への取り組みを重視するようになっています。特に気候変動は、企業の持続可能性に直結するリスクと機会をもたらすため、投資判断において非常に重要な要素です。情報開示の義務化は、投資家がより適切な投資判断を下すための透明性を確保することを目的としています。例えば、世界最大の資産運用会社であるブラックロックも、投資先企業に対し、気候変動に関する詳細な情報開示を強く求めています。
この脱炭素情報開示の義務化は、大企業だけでなく、そのサプライチェーン全体に大きな影響を及ぼします。特に注目されるのが、スコープ3排出量です。スコープ3とは、自社の事業活動に関連するものの、自社が直接所有・管理していない排出源からの温室効果ガス排出量を指します。具体的には、原材料の調達、製品の輸送、従業員の通勤、製品の使用・廃棄など、広範囲にわたる排出が含まれます。多くの企業にとって、スコープ3排出量は、スコープ1(直接排出)やスコープ2(電力・熱使用に伴う間接排出)よりもはるかに大きい割合を占めることが一般的です。例えば、ある製造業の場合、スコープ3排出量が全体の90%以上を占めるというデータもあります。
大企業がTCFDやISSBに基づく情報開示を行うためには、自社だけでなく、サプライヤーである中小企業の排出量データも把握し、削減目標を立てる必要があります。これにより、大企業はサプライヤーに対し、GHG排出量の算定や削減目標の設定、再生可能エネルギーへの転換などを求めるようになります。実際に、自動車業界や電機業界の大手企業では、サプライヤーに対し、GHG排出量のデータ提出やSBT(Science Based Targets)認定取得を強く推奨する動きが広がっており、取引条件の一部として組み込まれるケースも増えています。これは、サプライヤーである中小企業にとって、新たなビジネスチャンスであると同時に、対応が遅れれば取引停止のリスクにもつながる可能性があります。
企業が今すぐ取り組むべき実践的な対応策
脱炭素情報開示の義務化とサプライチェーン脱炭素の動きは、避けて通れない経営課題です。企業がこの変化に対応し、持続的な成長を実現するためには、早期かつ計画的な取り組みが不可欠です。ここでは、具体的な対応策を3つのステップでご紹介します。
1. GHG排出量の現状把握と目標設定:
まず、自社の温室効果ガス(GHG)排出量を正確に算定することから始めます。これは、GHGプロトコルなどの国際的な算定基準に基づき、スコープ1(直接排出)、スコープ2(間接排出)、そして最も複雑なスコープ3(サプライチェーン排出量)に分けて行います。特にスコープ3は、サプライヤーからのデータ収集が不可欠となるため、効率的なデータ連携の仕組みを検討する必要があります。現状把握ができたら、次にパリ協定の目標達成に貢献する科学的根拠に基づいた削減目標(SBT)を設定します。SBT認定は、企業の脱炭素への真摯な姿勢を示す強力なシグナルとなります。
2. 削減計画の策定と実行:
目標設定後、具体的な削減計画を策定し、実行に移します。これには、再生可能エネルギーの導入、省エネルギー設備の更新、生産プロセスの効率化、製品設計の見直しなどが含まれます。サプライチェーン脱炭素の観点からは、サプライヤーとの協働が非常に重要です。サプライヤーに対し、排出量削減のための技術支援や情報提供を行う、共同で効率的な物流システムを構築するなど、協調的なアプローチが求められます。例えば、ある食品メーカーでは、サプライヤーとの共同プロジェクトにより、物流ルートの最適化とエコドライブ推進で、年間約5%のCO2排出量削減に成功した事例があります。
3. 情報開示体制の構築と継続的な改善:
算定と削減の取り組みと並行して、TCFDやISSBの要件に準拠した情報開示体制を構築します。これには、気候関連のリスクと機会を特定・評価し、それを経営戦略にどのように統合しているかを明確にする必要があります。開示は一度行えば終わりではなく、継続的な改善と最新情報の反映が求められます。定期的に排出量の進捗をモニタリングし、目標達成に向けた施策の効果を評価し、必要に応じて計画を見直すPDCAサイクルを回すことが重要です。
脱炭素対応を経営戦略に組み込むメリット
TCFDやISSBへの対応、そしてサプライチェーン脱炭素への取り組みは、単なるコストや規制対応と捉えられがちですが、実際には企業に多大なメリットをもたらし、新たな競争優位性を確立する機会となります。
第一に、企業価値の向上と資金調達の優位性です。ESG投資が主流となる中で、脱炭素に積極的に取り組む企業は、投資家からの評価が高まり、長期的な資金調達において有利な立場を得られます。例えば、サステナビリティ・リンク・ローンやグリーンボンドといった環境配慮型の金融商品の利用機会が増え、より低コストでの資金調達が可能になる場合があります。これは、企業の成長戦略を加速させる重要な要素です。
第二に、競争力の強化と新たなビジネス機会の創出です。脱炭素への取り組みは、製品やサービスの差別化に繋がり、新たな顧客獲得や市場開拓に貢献します。例えば、環境性能の高い製品やサービスは、環境意識の高い消費者や企業から選ばれるようになります。また、サプライチェーン全体の排出量削減に取り組む過程で、サプライヤーとの連携が強化され、共同でのイノベーションが生まれることもあります。ある化学メーカーでは、低炭素素材の開発を通じて、新たな顧客層を開拓し、売上を前年比10%増加させた事例も報告されています。
第三に、リスクマネジメントの強化とレピュテーションの向上です。気候変動に関連する物理的リスク(異常気象による事業中断など)や移行リスク(炭素税導入、規制強化など)を事前に特定し、対応策を講じることで、事業の安定性を高めることができます。また、透明性の高い情報開示は、企業の社会的責任(CSR)への取り組みを示すものであり、顧客、従業員、地域社会からの信頼を高め、ブランドイメージ向上に繋がります。これは、優秀な人材の確保にも繋がり、企業文化の活性化にも貢献します。
まとめ
TCFDやISSBに代表される脱炭素情報開示の義務化は、単なる規制対応ではなく、企業が持続的に成長するための重要な経営戦略と捉えるべきです。特にサプライチェーン脱炭素は、自社単独では解決できない課題であり、業界全体での協調が不可欠となります。
GHG排出量の正確な算定から始まり、科学的根拠に基づいた目標設定、そしてサプライヤーとの連携を含む具体的な削減計画の実行、さらには透明性の高い情報開示体制の構築まで、多岐にわたる取り組みが求められます。これらを経営戦略に深く組み込むことで、企業は投資家からの評価を高め、競争優位性を確立し、新たなビジネス機会を創出することができます。今こそ、変化を恐れず、未来を見据えた脱炭素経営へと舵を切る時です。
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